[アフリカの子供は助けようとするのに…」→女子中学生の言葉が胸に刺さる

アフリカの子どもは熱心に助けようとするのに、なぜ学校に来られない同級生は誰も助けようとしないの?

ある女子中学生が書いた作文が胸に刺さると話題になっています。

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アフリカの子どもは助けようとするのに…少女が感じた疑問

昔から、アフリカなどの”恵まれない子どもたちを救おう”といった支援活動が存在します。

皆さんも、都心など人の多く集まる場所で「恵まれない子供たちに募金をお願いします」と、募金活動が行われているのを見たことがあるのではないでしょうか。

また、大手企業の「UNIQLO」も、店頭で不要になった服を回収し、服を必要としているアフリカの人々へ送るといった活動を行っていますよね。

しかし『遠く離れた国の人たちに目を向ける前に、なんで近くの人たちを助けないの?』と疑問を持った方がいました。

そんな疑問を訴えた作文がネット上で話題を呼んでいます。

その作文とは、Twitterユーザーの佐川・抜け首・なん(@nankuru28(以下、佐川さん)さんの娘さんが書いたといいます。

その投稿がこちらです。

中学生だった娘が「アフリカの子どもを学校にって空き缶集めるのには、みんな熱心に取り組んでいて、同級生が学校に来られないのには、そうでもないのはどうしてだろう?」って作文を書いたことがあった。

娘なりの結論は「遠くの人には、傷つけられないから」だったんで、感心したんだ。

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また、佐川さんは娘さんの持論を以下のように綴っていました。

遠くの人を「助ける」行為だと、感謝だけが返ってくることが多いけれど、近ければ近いほど「我が身を危険にさらす」ことにもなりかねない。

 

 

ネット上の声

この投稿に対し、Twitterユーザーの反応は以下の通りです。

  • 娘さんの着眼点と結論の鋭さ、素晴らしいと思います。
  • 娘さんの指摘通りで、変な話、同級生は同じコミュニティの人間なので「自分と競合関係」になるが、世界の裏側に住んでいる人間は「自分と競合関係」にはならない
  • 空き缶集めても不登校は解決出来ないしな。日本国内でも募金活動程度なら協力するだろう。
  • 困ってる本人に個人として手助けしたとしても、その結果として酷い目にあったことの恨みを向けられたり最初に手を伸ばした責任があるから最後までフォローしろと他人に言われる、とかの数え切れん数の労力とリスクを負わなきゃならんからねぇ。
  • (募金はいいことだと言うのは前提として)募金は金払った後は基本的に後腐れないし、気楽だしね。
  • 近いと背負う「責任」の量や期間が重くなりすぎてそうそう助けるのを躊躇してしまうのかも

「自分に降りかかるのが面倒」「手助けするリスクを背負えない」といったような意見が寄せられていました。

困っている人に対し、無償で手を差し伸べる行為は、時には勇気が必要ですよね。

手助けをする気持ちはあっても、その煩わしさから一歩踏み出せないという方も多いのかもしれません。

深く考えさせられる話でしたね。

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